金沢の町家で手仕事にこだわったおにぎりと能登の幸を食す「山里の咲」

金沢城公園大手門口から徒歩3分。藩政時代には加賀藩の工芸を支えた職人町・尾張町にある「山里の咲(しょう)」。美しい花頭窓が印象的な能登の食材をふんだんに使った「おにぎり」が食べられる町家だ。

能登で育った大粒の米と揚げ浜塩で握ったおにぎり

山里の咲のメインはもちろん「おにぎり」。
おにぎりといえば、石川県能登町は「日本最古のおにぎり」の化石が出土した場所。石川県といえば、魚介や寿司が注目されるが、実はおにぎりとの縁も深く長い土地なのだ。

山里の咲のおにぎりの特徴は「能登」と「手仕事」。
能登の米と塩、具材もほとんどが能登の産物を使っている。
中でも塩は、廃業した塩田を買い取り、職人に弟子入りして再開した「揚げ浜式塩田」で自社製造するほど。揚げ浜式製塩法は、現在では能登地方にだけ残る伝統的な手法だ。

 

DENENしお

塩田に海水を撒いて塩分を凝縮し、平釜で炊き上げる、手間暇をかけた「奥能登揚げ浜塩田しお(540円)」

 

この塩で握ったおにぎりを軽食として食べられるのが「時代劇にでてくるような『峠の茶屋』をイメージ」したという1階のカウンター席。奥には坪庭がしつらえられ、結界石がさりげなく飾られたモダンな空間になっている。

 

山里の咲1階席

落ち着いた佇まいで、奥に長い町家の雰囲気もたっぷり味わえる1階席

 

ここでの人気メニューは「特選 能登にぎりセット(1500円)」。好きな能登にぎり3個と味噌汁、香の物、加賀棒茶がつく。
米はもちろん能登米。昼夜の寒暖差の大きい奥能登の深い山々と日本海に囲まれた田んぼで、一粒一粒ゆっくりと熟した米をふっくらと炊き上げ、揚げ浜塩でおにぎりに仕上げられる。

 

「特選 能登にぎりセット(1500円)」

優しく手握りされるおにぎりはもちろん、毎日丹精を込めて手入れされるぬか床で漬けられた香の物まで、素朴ながら味わい深い

 

塩にぎりをはじめ、梅、能登牛のすき焼き、ふぐの子糠マヨ、いしるの焼きにぎり、原木椎茸など、能登の幸を具材にした「能登にぎり(255円~)」は、テイクアウトも可能。

 

「山里の咲」のおにぎり

日本人にとってはソウルフード、海外からはヘルシーフードとしても注目を集めるおにぎり

 

 

能登の伝統料理と器、設えまでを存分に味わう

峠の茶屋をイメージした1階から階段を上がると一転、組子細工の障子や花頭窓のある、明るく華やかな空間が広がる。金沢の町家らしい朱色と加賀群青と呼ばれる紺色に塗り分けられた壁も美しい。

 

加賀群青の壁

山里の咲2階「咲の間」

藩政時代には格の高さを表したと伝えられる加賀群青の壁と白山を象った組子障子の「山の間」と朱塗りの壁に寺院や城の天守にも使われた花頭窓の「咲の間」

 

 

柱や梁などは町家の骨格をそのまま生かし、壁や床、畳、窓、ふすまなどは、現代の職人の手によって一新されている。古き良き金沢の伝統と匠の手仕事にこだわった建築美が堪能できる空間となっている。
この2室で食べられるのが、ランチ「昼餉(ひるげ)」だ。日本伝統のファストフードでもあるおにぎりの特徴を踏まえて、提供はおかもち風の箱膳や台持ち手付きの重箱で提供される。
ここでもおにぎりをメインに、付け合わせされる菜(おかず)は、能登の伝統料理が中心。旬の素材を使った家庭料理がずらりと並ぶ。

 

 

「能登の昼餉(4400円)」

特注のおかもちにおにぎりと能登の伝統料理が並ぶ「能登の昼餉(5500円)」

中でも「匠を楽しむ能登の昼餉(8800円)」の重箱は蒔絵がふんだんに施された輪島塗のアンティーク。他の食器も明治大正期、古くは江戸時代に作られたものや現代の人間国宝の手によるものなどが使われている。
日常ではなかなか出会うことのできないこれらの器で食事を楽しむことも価値のある「昼餉」だ。

 

 

「匠を楽しむ能登の昼餉(7700円)」

「匠を楽しむ能登の昼餉(8800円)」は一日限定4食、予約は電話受付のみ。

「昼餉」はどちらも完全予約制(11:00~12:30、13:00~14:30の2部入替制)。

 

 

小腹を満たすなら「焼きおにぎり特選だし茶漬け(1650円)」がおすすめ。焼きおにぎりに山の幸を乗せたものが「里山」、海の幸を乗せた茶漬けが「里海」だ。

 

 

「里海」

山里の咲特選出汁と香ばしいいしるの焼きおにぎりの茶漬け。写真は「里海」

 

 

能登の豊かさと美しさに魅せられた

山里の咲を運営しているのは、加賀市に本社を置く Ante。石川県内に伝わる伝統技術や農産物を地域活性化に繋ぐ企業だ。これまでにも数々の地域特性を生かした商品や店舗を展開している。
代表の中巳出理さんは、若い頃は芸術家として世界で活躍し、海外ビジネスも展開してきた。
そんな中巳出さんが60歳を迎えた時に「これからは自分を育ててくれた地元に恩を返していきたい」と始めたのがAnte。中でもその豊かさと美しさに引き寄せられたのが能登だったのだという。
「加賀で生まれ育って、東京や海外で生活した私は、それまで能登のことはあまり知らなかったんです。初めてじっくり訪れて、一瞬で魅せられました」と話す。

 

2024年1月1日の能登半島地震では、自社の塩田やカフェなども被災した。かかわった多くの人々も大きな被害を受けた。それでも「能登の地力を信じて、自分にできることを淡々と続ける」と再興に尽力する。
「最後の恩返し」というのがこの山里の咲だ。とはいえ、能登の産物や伝統を提供する「おにぎり屋」は長年あたためていた夢でもあったという。
能登のたくましさと金沢の伝統がいっぱいに詰まった山里の咲。味や雰囲気はもちろん、日本人には自分の原点を感じられる一店かもしれない。

 

野本みこさん

山里の咲を切り盛りする野本みこさん。この店を任せられてから、自身の食生活も大きく変化したという

 

Instagram https://www.instagram.com/yamazatono_sho/

 

※価格はすべて税込み

取材日時 2024年9月20日

取材・文 小杉智美

 

 

 

店舗情報

山里の咲外観
店舗名 山里の咲
住所 金沢市尾張町1丁目4-32-1
電話番号 076- 224-3039
営業時間 9:30〜17:00
定休日 水・木